【名車珍車紹介】ホンダ NS-1〈AC12〉を好き勝手語る

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日本で最初にオートバイが誕生したのは1909年だそうです。

それがやがて世界一と言っても過言ではないオートバイ大国となり、数多くの名車・珍車を生み出してきました。

そんな名車や珍車の中でも原付一種、原付二種に絞って、個人的な思い出話なども含めて好き勝手語っていきたいと思います。

今回は1991年に登場した、NS-1です。

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ホンダ NS-1の話

まえがき

ホンダの超大ヒットモデルであるNS-1!

高校生時代などに乗った方も多いのではないでしょうか?

NS-1を振り返るためには…時代を遡ってMB50から見ていく必要があるでしょう。

ホンダ初の2st50cc MB50

出典:BikeBros.

MB50は1979年4月に登場した、記念すべき?ホンダ初の2st50ccエンジンを搭載したマシン。

ホンダの(本田宗一郎氏の)2st嫌いといったら有名な話で、ホンダ初のバイクとなったA型等々の初期こそ2stを使っていたものの…1953年のカブ2Fを最後に2stがラインナップから消えました。

モトクロスにしろロードレースにしろ、不利とされる4stで戦っていたことは有名であり…特にロードレース世界選手権に出場していたNR500は神格化されていますね。

ちなみに2stじゃなきゃ勝てないとして4st→2stとなったのはモトクロスが先。

1971年より開発が始まった「335」と呼ばれるモトクロスマシンであり、途中で335Bに開発記号が変更されたマシンです。

さてさて話はMB50に戻しますが、当時のホンダの主力マシンはCB50でした。

CB50はCB50で名車であり…コイツのエンジンは後々のエイプやXR50モタードにまで引き継がれる(もちろんそのままじゃないよ)という…恐ろしいマシン。

今回は本題では無いので端折って、とにもかくにも当時のホンダの原付の主力はCB50でした。

1978年製 ベンリィCB50JX

出典:BikeBros.

CB50は4stエンジンを搭載し、高回転まで回るエンジンとなかなかのスポーツモデルではあったものの…やはり他社の2stエンジンを搭載したマシンに対して馬力競争で勝てず…。

ホンダもついに2st50ccエンジンを搭載したニューモデルを出すわけですが、それがMB50というわけですね。

そして1982年には後継モデルとしてMBX50が登場。

MB50をベースにしつつも、エンジンが水冷になったのが最大の特徴でしょうか。

バッテリーが6Vから12Vとなったもの大きな変更点ですね。

水冷になりました MBX50

出典:BikeBros.

そして1987年には後継モデルとしてNS50F・エアロが登場。

基本設計はMBX50と共用ですが、足回りが18インチから17インチとなって近代化されています。

1989年のマイナーチェンジでなぜか「エアロ」という文字が消え、NS50Fとなりましたが…文字は消えてもカウルは付いていましたね。

「ゴエフ」なんて愛称で呼ばれたかっとびマシンで、HRCからは競技用としてNS50Rも販売されていました。

ミニバイクレースでも定番 NS50F

出典:BikeBros.

そしてそのNS50Fを引き継ぐ形で、1991年に今回の本題であるNS-1が登場。

「エヌワン」の愛称で呼ばれたマシンは、先代のNS50Fをベースとしつつもフルカウルとなったことで印象が大きく変わりましたね。

とても原付には見えない車格と、メットインスペースがあるという便利さから大人気モデルとなりました。

本日の主役 NS-1

出典:BikeBros.

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本題

ゴエフの後を引き継ぐ形で登場したエヌワンですが、登場は1991年2月。

ちなみに後を引き継ぐ…とは紹介しましたが、NS50Fも1995年まで併売されました。

(モデルとしては1990年モデルまでで、1995年まで90年型の生産が続いたということ)

NSRに似たフルカウルを装備したモデルであり、MBX50から続く7.2psの水冷2stエンジンは元気いっぱい。

それでいながら燃料タンク部分がメットインスペースとなっており…しかも容量は24Lという超巨大な物。

本当の燃料タンクはシート下になっており、給油口はリアカウルのフタを開けて…というちょっと不思議なバイクです。

しかしシート下に押しやられた…わけではなく、必要十分な8Lという容量を確保しているのがお見事。

この素晴らしい利便性と、250ccと見間違えるような立派な車格を持っていることで大人気モデルになりましたね。

原付らしからぬ大きな車体に、スクーターも顔負けの荷室を持ち、走ればクラス最強のエンジン…人気が出ない理由が無い。

ちなみに大柄な車体にメットインスペース…なんて走るには不利そうな条件を持ちつつも、開発陣の頑張りもあり車両重量は101kgとまずまず。

NS50Fが92kgと考えると重くはなっていますが…7.2psのパワフルなエンジンを搭載していることもあり、決して走りでは劣らなかったです。

このエンジンはNS50F、MBX50の他にNSR50にも使われており、それもあってアフターパーツが他社のライバルマシンに比べて多かったのも人気の理由の1つかも。

サーキットを走る本気組には…やはり重量の面等々でNS50Fの方が人気だったようですが、普通の方はカッコ良く便利なNS-1が人気だったようですね。

登場以降、毎年ニューカラーが投入された他、1994年にはロスマンズカラーが登場。

なのですが…肝心の1994年にはロスマンズがスポンサーから離れてしまうという悲しい事態も…。

まぁこれは仕方ないですよねぇ…。

1994年に発売されるのは、1993年カラーになってしまうわけですから…。

みんな大好きロスマンズカラー NS-1

出典:BikeBros.

そして1995年にマイナーチェンジが行われ、大きな変更としてはRVF風の丸目2灯のライトに変わったこと。

それ以外にもCDIが交流から直流に変更されたり、インテークチャンバーが装着されたりと…結構手が加えられています。

その後は1998年モデルまで存在しますが、1997年に発表したホンダの4st化計画により…NS-1も1999年に生産終了となってしまいます。

RVF顔の後期型 NS-1

出典:BikeBros.

売れに売れたことでタマ数が豊富だったこともあり、生産終了となっても2000年代には非常に多く見かけたものです。

2010年代に入ると2stの価格高騰等もあり…少し見かける機会が減ってきましたが、2020年代になっても時折見かけるマシンですね。

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思い出話

同世代から少し上の世代の方は同じだと思いますが…このNS-1は非常に思い出深いバイクです。

結構ここからバイクライフをスタートさせたというライダーも多いのではないでしょうか?

自分の周囲にも乗っている人が多く、そういう自分も2台目のバイクがNS-1でしたね。

後々仲良くなる先輩で超綺麗な後期型(RVFフェイス)のエヌワンに乗っている人がおり、最初に会った時に「これRVFですか?」と聞いたのは懐かしい思い出。

そしたら「いや~エヌワンだよ~」と優しく答えてくれましたが、今思うと失礼だったかも?

当時免許取り立ての…バイクの事は右も左もわからない自分にとって、この先輩との出会いがこの後のバイクライフの大きな分岐点になりました。

この人に出会っておらず、そこから先の色々な人を紹介してもらっていなかったら…自分はここまでバイク好き人間になっていたかどうか…。

そういった意味でも、非常に思い入れの深いバイクであり…お金があったら…お金が有り余っていたら今でも1台大事に保存しておきたいモデル。

自分はRVFのデザイン大好きですし。

ちなみにこの方以外にも当時はNS-1に乗っている人は数多くいまして、全然珍しいバイクではありませんでした。

例えば先輩が250ccに乗り換えるから後輩に売る、なんてパターンで…ある意味では代々受け継がれていた車種。

それもあってか…先ほど紹介した方のように綺麗なNS-1は珍しく、多くがカウルレスのネイキッドスタイルかハーフカウルでした。

それがカッコいいから…という理由でカウルレスにする人間もいましたが、ほとんどの人が買った時からカウルが無く、カウル付けるお金が無い…というパターン。

元をたどっていくと、コケてカウルを壊したけど…カウルは高いので剥がしてしまう…というパターンが多かったですね。

そうそう自分も一時期NS-1に乗っていた時期がありますが、これももちろんフルカウルではありませんでした。

確か前期型だったような…?

前期型と言えば、自分は前期型のカウルがちゃんと取り付けられた車両を見たことがありません。

ちゃんとしたフルカウルは後期型ばかりで、前期型はカウルレスか社外カウル、もしくはサイドカウル無しのハーフカウルとなっていたのも思い出深いですね。

当時は色々と社外からカウルが出ており、純正よりも安かったのであります。

自分のエヌワンに話を戻しますが、もはや元の車両などわからないくらいのニコイチサンコイチという車体。

当時の仲間内で、廃車になったり格安の不動車を買ったりしたところから使える部品を使って組み立てたようなマシンでした。

そんなこともできるくらいにタマが多くて、それほど値段もしなかったバイクなんですよね。

新車価格としてはそれなりに高かったようですが…。

こだわりとしては後ろのスプロケが大きくしてあり、最高速度は80km/h程度までしか出ないもののそこまでの加速重視。

CDIはもちろん、チャンバーも社外品が付いており純正のギア比なら90km/h以上出たのかも?

社外のフロントカウルが付いており、サイドカウルは無い…いわゆるハーフカウル仕様でした。

しっかりと作られたハーフカウルはカッコいいのでしょうが…サイド割っちゃったから外した…だけのハーフカウルで、いまいちカッコ良くは無かった。

そんなマシンでしたが、購入からわずか半年程度で…直進中に右折車に突っ込まれて一発廃車。

自分は救急車で搬送され、後から回収したエヌワンはフロントタイヤがラジエーターにめり込んでおりました。

「すげぇ!キャスター角10°くらいじゃね?」とか言ってた自分…相当アホだったんだなぁ。

フロントフォークは当然捻じれ、フレームまで曲がっていたために直すことは諦めて一発廃車となりました。

ちなみに相手の車も運転席側のフロントフェンダーを凹ませ、ドアが前からひしゃげ…隙間から運転席が見えるというレベル。

ドアをひしゃげさせた自分の右膝は穴が開き、大腿骨骨折となりましたとさ…。

大腿骨骨折と言ってもポッキリ折れたわけではなく、欠けた程度だったので早期に復帰しましたが…膝の穴は現在も残っています。

ちなみに交通事故に限らずですが…患者の状態というのは精神状況にも大きく影響されるようで、救急隊員は怪我の度合いを言わなかったり「大した事ないから大丈夫」と言うケースが多いようです。

しかしながら…自分は救急車がきた時には意識もしっかりしていたこともあってか、「これ折れてますかね?」という問いに対して「結構腫れてるからねぇ…折れてると思うよ」とアッサリ。

ただその後の「この膝の穴から見える白いのって骨ですかね?」という問いには、「ん~どれどれ?あ…。うん、大丈夫。大丈夫だから…」とのこと。

皮膚が裂けた…と言うより、肉ごとえぐり取られた…と言う表現が正しく、まさに穴が空いたって感じでした。

その後の病院でもネタは尽きないのですが…本題から離れるのでこの辺りで。

そんな思い出マシンがNS-1です。

皆様も事故には気を付けて!

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